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2022年02月13日

神経70-195 自分でもわかんないんだけど、母を必死にかばっていた

その神経がわからん!その70
https://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1643266513/


195 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:22/02/12(土)10:33:05 ID:SC.5k.L1
私たちは昭和末期〜平成初期生まれの姉妹だった。

今思うと、うちの母(母子家庭)はネグレクトだった。
私が小学校三年くらいになると、ふらっと出かけて3日くらい帰ってこないことが月に一度くらいあった。その間、私がご飯を炊いてふりかけやインスタント味噌汁でしのいでいた。ふだんからダラな母は、インスタントやレトルトの買い置きがあったのでなんとかなってしまった。

私はなぜか、本当になんでだか今となっては自分でもわかんないんだけど、母を必死にかばっていた。母がいないことを隠して取り繕っていた。バレたら母が怒られるのは理解してたので、妹にも外で言ってはダメだと言い聞かせていた。





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そんな生活も私が中学にあがる頃ついに破綻して、私と妹は施設に入った。
施設に入って2、3ヶ月くらいたって、妹に責められた。「ここにいれば毎日ちゃんとしたご飯が、食べられるしお風呂も入れる。なんであんなに我慢してたのか意味わかんない!お姉ちゃんが言ってたことみんな嘘じゃん!」
自分でも薄々思っていただけにショックだった。

そんな当時の自分がスレタイ。

妹とは今でも仲悪い、というかLINEしか知らない。
母が当時外で留守中何してたのか知らないし、知りたくもない。

199 名前:名無しさん@おーぷん[sage] 投稿日:22/02/12(土)14:04:01 ID:UI.pq.L2
>>195
母親をかばうの分かるわー。
私の母はずっと家にいるけど何もしない人間で、小学生の頃から姉と私が家事をしていた。
毎日スーパーで惣菜やレトルト食品を買いに行ったり、町内清掃等のイベントに私が行くと
近所の人や教師に「お母さんはどうしたの?」って聞かれても必死で誤魔化した。
家でテレビを見て寝てるなんて絶対に言えなかった。
父親は無関心で生活費をくれるだけの人だった。
姉も私も社会人になるとさっさと逃げた。


203 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:22/02/12(土)15:45:57 ID:SC.5k.L1
>>199
似たような経験をなさったんですね。なんだったんでしょうね、あの気持ち。
私自身は自業自得でいいとして、妹には可哀想なことをしていました。


タグ:神経 虐待 家族
posted by 管理人 at 03:42 | Comment(0) | 神経 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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