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2020年03月19日

何を書いても86-67 無神論者の法事

何を書いても構いませんので@生活板86
https://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1584403981/


67 名前:名無しさん@おーぷん[sage] 投稿日:20/03/18(水)23:35:32 ID:jY.kr.L1
宗教とは何かと思う事があった。
無神論者の法事である。

というのもちょっと前に中学のときの友人が法事の誘いをしてきた。お世話になった近所の人の何回忌とかそんな感じ。昔、この友人は無神論者だと自分で言っていた。
うちの父も無神論者だがこちらも、親戚の法事にはお前もきちんと来い来ないなんておかしいなんて私に対して言ったことがあった。
父は、親戚付き合いがどうこうじゃなくて法事自体が重要と考えているようだった。





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私自身は神や霊魂の存在は人間には分からないという考えであって、無神論も有神論も単なる予想の範囲であって本質的に同じようなものに見える。
そんなわけで法事は無理して行かなくても良いんじゃないか、無理のない範囲で行けば、お墓参り1回だけでも良いのではくらいに思っている。
短編映画にエンドローラーズ(吉野耕平)というものがある。
葬式にロボットを呼んでくれとか変な要求を葬儀屋が受け、葬式が凄い事になる映画だ。
観た感想が、こういう葬式があっても良いよねとかそんなだった。

私のようなタイプが法事に冷めた見方で、無神論者が法事に熱心で何か変だなと思った。
もちろん法事を熱心にすることも、消極的であることも私は否定しない。
それとも相手は考え方が変わったのだろうか。
身近な人の死が人を敬虔にするのだろうか。
そう考えると極端な話・・身近な人が死んでその死体をただの物だからと踏める人は一体どれだけいるのだろうか。



posted by 管理人 at 00:29 | Comment(2) | 何を書いても | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
中学の頃の友達が無神論者ってそれ中二病じゃね?
Posted by at 2020年03月19日 10:46
法事とは「私は故人を悼む気持ちのある常識人です」ということを他人に表明するために参加するものである。そこに宗教的な意義はない。だから無神論者も有神論者も参加してかまわないのである。
Posted by at 2020年03月19日 23:41

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